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引越し

小学校4年の7月頃だった。
親父が、「町に引越しするど」と話す。
町の、市営住宅に決まったそうです。
そして、僕の身の回りの物を整理する。
持って行く物は、そんなに無かった。教科書ぐらいの物だった。
そして、一番大事な物がある。
学校から、兎も貰って飼っていたのである。学校の帰りに兎の餌の草を毎日持って帰り世話をしていた。
長男は、中学に行っていたので帰りに引越し先の家に帰って来る。
あの、バタンコで我が家の荷物を全部積んで長く住んでいた村を出るのです。
村の友達と別れるのが寂しくも感じた。でも、お別れ会等しなかった。
米を、作っているので町から通うので住まれる状態にしていた。
少し、町に引越しすることで嬉しくも感じた。
町の、住宅にバタンコが着く。
まだ、周りの道路を作っていた。

部屋は、6畳と4畳半、台所がある。前に少しの庭があった。
風呂は、付いていない。近くに銭湯があるのでそこに行く事になる。
荷物、沢山も無く部屋の中に充分入たようだった。
大事にしていた兎も庭の前に置かれた。
もう、火でご飯を焚かれないないから炊飯器が買われていた。
昔の洗濯機なのです。今頃脱水は、自動だが手でグルグル回して水気を切るのです。
これでも、凄く珍しかったです。
住宅の周りは、田んぼばかりでした。
住宅なので、隣の家と屋根がくっ付いてた。
1軒屋だけの住宅もあった。でも、部屋の作りは同じでした。
3つ、部屋に全部電気が付いている。
村で住んで、いた頃に比べると生活が180度も変化した様でした。
暫く、すると長男が中学高から帰って来る。
兄弟3人が、6畳の部屋で一緒になって寝るのです。

次の日から、バスで村の学校に通わなけれべいけないです。
朝7時頃家を出てバス乗り場まで行きます。
少し、大変でした。
バスの便、2回しか無く帰りは町まで歩いて帰っていた。
山道を通うるのです。帰りは、何時も兎の草を取って帰っていた。

引越しして1週間頃たった日の事でした。
親父が、僕に黙って兎を何処かに持って行っていた。
俺、非常に腹がたった。凄い親父に反発した。
あれほど、大事に育てていた兎が。家に帰ればいなくて。この事俺生涯忘れないです。

今現在、時親父亡くなっているので母親に兎何処に持って行ったのです。
と聞くと「、他所に上げた」と話していた。

後から、聞くと動物等飼ってはいけないと決まりがあったそうです。
でも、僕に相談せずに黙って他所に持って行くので!!
村の、学校に通ったのも1ヶ月程でした。

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