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(3) 小学生低学年頃の父、母の様子

僕は、体が少し弱く寒くなれば風の病気になり親父に追われて町まで連れて行って貰った事も忘れない。こんな事を思い出すと今頃は、親父に感謝しています。そして、直るまで町で過ごすのです。

ある日家に親父、兄弟3人いる時であった。いきなり電報が来るのです。

「母親が急に悪くなる」との事である。

全員母の所へ行く。どんな病気であったか良くは、知らないが注射を間違えてベッド

の上で母は、寝ているだけでです。此の時長男がススリ泣いているのを覚えている。

何故か僕は、泣かなかった。それから母は半年位病院いたような気がする。

母は、退院すると普段の生活変わらない様子でした。

親父は、米を作るるだけでは生活が出来ないのか炭焼き、または木を燃やし

豆炭を作る炭を作っていた。

なので炭焼き釜の中に入り木を綺麗に並べて一杯なると焚き口から良く覚えていない

が2晩位炊いていたかな?。

炭を焼き終わると顔真っ黒になりながら炭を出しノコギリで炭を切っていき

炭俵を作った記憶があります。

この頃、親父と母さんが喧嘩をしたのか俺と母さん二人で炭焼き釜に行った覚えもあります。どんな話しをしたのか覚えてはいないが沢山話しをしたような気がする。

夜だったなのでロウソクを持って灯りを付けた覚えがある。

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